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「他人から、何度となく手痛い打撃を受け、欺かれ、誤解され、また同時に多くの不思議な体験もした。さまざまな人間がやってきて僕に語りかけ、まるで橋を渡るように音を立てて僕の上を通り過ぎ、そして二度と戻ってはこなかった。僕はその間、じっと口を閉ざし、何も語らなかった。そんな風にして、僕は20代最後の時を迎えた。」
「僕はノートのまん中に、一本の線をひき、左側にその間に得た物、右側に失ったものを書いた。失ったもの、踏みにじったもの、とっくに見捨ててしまったもの、犠牲にしたもの、裏切ったもの・・・・・僕はそれらを最後まで書き通すことは出来なかった。」
「夏の香りを感じたのは久し振りだった。潮の香り、遠い汽笛、女の子の肌の手触り、ヘヤーリンスのレモンの匂い、夕暮れの風、淡い希望、そして夏の夢・・・・。しかしそれは、まるでずれてしまったトレーシングペーパーのように、何もかもが少しずつ、しかし取り返しのつかぬくらいに昔とは違っていた。」
「何故本なんて読む?」という設間に対して、彼は主人公たちにこう答えさせている。
「フローベルがもう死んでしまった人間だからさ。」
「生きている作家の本は読まない?」
「生きている作家になんてなんの価値もないよ。」
「何故?」
「死んだ人間に対しては大抵のことが許せそうな気がするんだな。」
「ねえ、生身の人間はどう?大抵のことは許せない?」
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